生きるのが苦しくなるとき
朝、目が覚めてもしばらく動けない日がある。
カーテンの隙間から光は入っているのに、
心が置き去りになってるみたいで…。
「今日も一日が始まるのか」と思うと、ため息が出る。
コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
ポコポコとお湯の音がして、部屋に
香りが広がる。
その香りに包まれながら、ぼんやりとカップを見つめる。
あたたかい湯気が、少しだけ心を戻してくれる。
60歳を過ぎて、昔より笑う回数が減ったなと思う。
働いても収入は減り、身体は以前より素直じゃない。
誰かと話しても、分かり合えない寂しさが胸に残る。
「この先、どうなるんだろう」って不安が、静かに押し寄せてくる。
そんな日は、無理に元気を出さない。
ベランダの空を見上げて、風の音を聞く。
それだけで少し呼吸が楽になる。
生きるのが苦しくなるとき、
「がんばらない練習」をしてみる。
洗濯をやめてもいい、掃除をサボってもいい。
人と比べず、今日は“自分を生かす日”にすればいい。
助産師として働いてきて思う。
生まれることも生き続けることも、どちらも奇跡だって。
小さな命が泣いて息をして、生きようとする姿を見てきたからこそ思う。
大人だって、泣いたっていい。
立ち止まったっていい。
苦しい夜を越えた朝は、
いつもより空が少しやさしく見える。
その優しさに気づける心が、
まだ生きている証だと思う。
今日も、生きているだけで、ちゃんとえらい。
あなたも、私も…。
